時候 天然 晩秋(10月)~初春(2月)
通年味に変化少ない 養殖は通年
地方名称 東京 アオ
沖縄 ヤァクワヤ
ウナギ科ウナギ属の硬骨魚。日本人の好む食材。高級魚。絶滅危惧種。
マリアナ諸島の西方海域で産れて、黒潮の流れにのり日本の沿岸に流れつき、河や沼で成長する。種類は世界で19種、食用になるのは4種類で日本うなぎ、おおうなぎ、ヨーロッパうなぎ、アメリカうなぎである。
分布 日本うなぎは太平洋側、北海道日高地方以南。日本海側、石狩川以南より本州、四国、九州、沖縄に至る。温水を好み北海道、岩手以北には少ない。琉球列島ではおおうなぎの方が主。国外では朝鮮半島南部、西部沿岸域から中国大陸を経てベトナム北部まで分布する。
特徴 体は円筒形、体全体で蛇行して泳ぎ、皮膚はぬるぬるして 鱗 は小判型で微少、皮膚の中に埋没し、皮膚呼吸が出来る。
体色 背は暗褐色、腹側は白色で腹鰭がなく胸鰭の前腹面が黄色を帯びている。
体長は普通50~55㎝程。最大体長は稀に1m、体重は一貫匁(3.75㎏)に達する。
目回りはメソうなぎが100g前後で食味は淡白で左党に喜ばれる。蒲焼きの目回りは昔から50~70匁(180~260g)で専門店の目安で200gは好まれ、250g前後は脂肪がのり若者に喜ばれる。天然うなぎは成長が遅く親魚になるのは5年~遅くて12年と長い。銀鰻として外洋に出るのは5年~8年と言われている。旬は10月から2月が最も美味で通年味に変化少ない。養殖は通年。
(注)うなぎの血液は人及び哺乳類に対して有毒であるが、60度で5分以上加熱すると毒性を失う。
蒲焼きは江戸時代中期の学者平賀源内(1728~1780年)うなぎ屋の主人の相談に応じて「本日土用丑の日」の店頭に看板を出し、大繁盛となり今日に続いている。
漁法で『日本山海名産名物図会』(1754年)に、瀬田 鰻鱺 の流し釣りと「 鰻簗 」の渡しの下り鰻のさし絵は見る人を楽しませる。
※鰻は夜行性で嗅覚が優れ犬なみである。
漁法 延縄・鰻簗 うなぎ 掻 き うなぎ筒 もじり(どう)で漁獲される
料理いろいろ
◎関東風蒲焼き裂いて→素焼き。→蒸して→垂れ焼きにして→粉山椒を添えて供す。
◎関西風蒲焼き→まむしと言う。ご飯とご飯の間に入れる
◎中部地方→ひつまぶしと言う
◎北九州→せいろむし
肝吸い 白焼き(山葵醤油か生姜醤油)
肝焼き う巻き 八幡焼き 柳川鍋 印籠煮
茶漬け う雑炊 味噌漬け バッテラ
※鰻職人 串打ち3年 割き5年 焼き一生
焼きの名の起り室町時代鰻は裂かずにぶつ切
りにし串に刺した。その形が植物の蒲 花穂 に
似ていることからこの名がある。江戸時代中
期ごろより今日の形となる。
うなぎの一生
秋から冬にかけ成熟したうなぎは産卵場所の
マリアナ諸島の西方海域に向けて泳ぎ出す。外洋に出る時は精巣・卵巣の成熟は見られず、産卵場所に行く過程で成熟すると考えられる。春から冬(4~12月)にかけ産卵する。1000~1200万粒の浮遊性卵を一度に放卵、孵化した幼魚(レプトセファルス)と呼び黒潮に運ばれながら成長。産卵から4~5ヶ月後に5~6㎝の無色透明で目だけ黒いしらすうなぎになって10~6月に帰って来る。最盛期は2~4月で大潮の日没前後に多い。幼魚のしらすうなぎから仔魚のクロコに成長すると夜間に遡上を始める。目的地の小川、湖、沼などに落ちつく。日中は石垣や穴、泥の中に潜る。夜間に摂食活動を開始、餌は小魚類、貝、エビ類、カエルなど水温10度以下になると泥に潜り餌は取らない。成熟年齢に達した5~8年の天然うなぎは秋から冬(9~12月)産卵の為に外洋に出る。
養殖
1879年(明治12年)東京深川で初めて試みられ、1891年(明治24年)現在の静岡県湖西市 1897年(明治30年)浜松市西区で始め浜名湖養殖うなぎが名産となる。今日では鹿児島、愛知、宮崎県各県が常に上位で他に岐阜・三重県である。
養池の水温は26~30度に保ち、シラスウナギの体重は0.2gで出荷200~250g。養殖期間は半年から1年半で1年未満はシンコといい、肉質は軟らかく美味。2年子は2年目を迎える7月以降に出荷。餌は魚粉を水で練って1日2回与える。養殖うなぎ通年味変らない。世界の消費量の70%は日本で消費している。
※完全養殖の人工孵化は1973年北海道大学で成功するが、商業的に実現に至っていない。
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